一般社団法人全日本吹奏楽連盟北海道支部/釧路地区吹奏楽連盟
  • 創立50周年記念特集〜50年の歩み
  • 50th Anniversary Special

はじめに

 釧路地区吹奏楽連盟の誕生から遡ること22年。日本の吹奏楽振興を目的とした大日本吹奏樂聯盟(現在の全日本吹奏楽連盟)が昭和14年11月、産声をあげる。これを契機として函館、旭川、札幌を中心とする第1次北海道吹奏楽連盟が結成され、北海道における吹奏楽振興が始まった。しかし、日本が戦争の渦中にあったこともあり、自然にその姿を消すこととなる。
 終戦を迎かえ、日本が戦後の混乱期を経て高度経済成長期へと歩み始めた昭和30年前後、名寄・空知・室蘭・苫小牧・札幌・旭川・函館と次々と地区吹奏楽連盟が発足し、昭和30年6月、それら地区吹奏楽連盟が結集し、第2次北海道吹奏楽連盟が誕生した。
 我が釧路地区吹奏楽連盟は、第2次北海道吹奏楽連盟結成の6年後である昭和36年に、帯広・留萌とともに参加することとなる。

釧路における音楽の歴史

 釧路において記録に残る最初の吹奏楽演奏は、明治34年北海道音楽隊による釧路・白糠間の鉄道開通式での演奏である。明治30年代後半には日進小学校(現:釧路小学校)の運動会で同校のバンドが演奏する貴重な写真も残されており、この頃から少しずつ庶民が音楽や楽器に触れる機会があったものと推測される。大正15年に開かれた北海道庁立釧路中学校(現:釧路湖陵高等学校)の大音楽会などを見ても音楽の愛好者は多かったようである。昭和9年には、湖畔小学校にラッパ鼓隊が編成され、その簡便さと手軽さからこの他にも数団体が活動を行っていたが、戦争の終結とともにその活動も見られなくなってしまった。
 戦前から「大釧路行進曲」の作曲などで知られた釧路のオペラ館館長・勝見義雄氏が昭和11年に主宰した釧路管弦楽団は戦災を乗り越え積極的に活動を続け、昭和39年の解散までに多くの管楽器愛好者を育て続けた。また、昭和10年代中頃から国鉄釧路工機部音楽隊がブラスバンド編成での演奏活動を開始した。
 その後、昭和30年代に入ると学校にもクラブ活動の一環として吹奏楽部が誕生し始め、吹奏楽連盟発足へと向かっていくのであった。